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旬とは何なのか

【旬】ある特定の食材について、他の時期よりも新鮮で美味しく食べられる時期。(Wikipediaより)

大抵のものはいつでも手に入る世の中。
夏が旬だと思い込んでいた食材が実は冬物だったりする。

それでも「旬」の食材はやはりその季節にいただきたい。口にした瞬間、何ともいえない幸福感に包まれる。

旬。大切にしたい文化だと気づかされる。

と、綴っていてふと気づいた。「筍」って竹かんむりに旬、と書くんだなあ←

昼夜を問わず伸びるのがとても速いことから、一種の民間語源として、漢字の「筍」は10日間を意味する「旬」から来ている、などと言われることもある。(Wikipediaより)

なるほど。諸説あるでしょうけど、こういう語源を知るって面白い。

そんな筍のお話。違う。フルーツサンドの話なのだ(笑)


10.6。広島観音町にあるメルシィさんを訪れる。
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やはりここも果物屋さん。
色鮮やかな売り場を抜けると、そこには落ち着いた雰囲気の喫茶スペースがあった。

フルーツサンドとフルーツティーを注文。
どちらも680円だ。これが高いか安いかは現物を見ないとわからない←


隣の席にフルーツパフェが運ばれてきた。

パフェがめちゃくちゃ美味しそう。これは判断を誤ったか。いやいやフルーツサンドのために訪れたのだ。ここは我慢だ。

と、五郎さんばりに心の中で葛藤する私。


私のフルーツティーが運ばれてきた。
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ちょっとお洒落で恥ずかしくなる。5minほど蒸らすらしい。

美味しいものに出逢うためには我慢が必要なのかもしれない。


私のフルーツサンドが運ばれてきた。
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美味そうじゃないの(*´∀`)♪

フルーツの盛り合わせもついてきた。
そんな、果物たちで埋め尽くされた華やかなテーブルは、山梨あたりの眼下に広がる果物畑、を想起させられる(笑)
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一口。旬のいちじくが入ってるの嬉しい。食感が美味しい。

酸味もやってきた。正体はキウイだ。パインも角切りで入っている。

わりと果物たちの棲み分けがはっきりしている印象。口に入れた位置によって異なった味や食感が楽しめる。

まさに現代を象徴するような、マンションタイプのフルーツサンド。伝わりづらいですが、褒め言葉です←


やはり甘すぎないクリーム。柔らかいけどちょいとしっかりとしたパン。

今は旬のいちじくを使っていたけど、季節ごとにまた違った顔を見せてくれる予感。


そしてフルーツティーは香りがいい。ほんのり甘い。

それもそのはずティーポットの中はこんな贅沢な状態になってました。
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オレンジ、りんご、梨、パイン、ぶどう、マスカット...仕事を終えた果物たちに感謝です←

ちなみに役目を果たした果物たちも食べられます。ほんのり温まった果物も意外と美味しい(笑)


ごちそうさまでした。
また季節の変わり目に再訪したい。次回はパフェもありかもしれない←

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フルーツサンドの配役

芝居には必ず配役がある。いや、世の中には“立ち位置”というものがつきまとうものだ。

もちろんそれが良い方向に進むこともあるし、時にはそれが足枷になることもある。

主役は脇役を尊重し、脇役は脇役であることを誇れるような、そんな関係性が一番良いのかもしれない←

そんな配役のお話。たぶん(笑)


9.10。赤羽。

孤独のグルメ Season3 第1話」で松重豊こと五郎さんが訪れたプチモンドさん。あ、逆か。まぁいいや。
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赤羽はわりと馴染みのある土地。
果物屋さん、という認識はあったのだけれど、店内に喫茶スペースがあることは知らなかった。

孤独のグルメの放送は3年前だ。土曜日とはいえ混んではいないだろう...という浅はかな思考。

ああ、満席だ。大盛況だ。もはや松重さんの座った椅子を選ぶという選択肢はなく、丸テーブルでおばさま達と相席させていただいた。

水に檸檬。
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これだけでちょっと涼しくなる。
清涼感。清らかで涼しい、か。これほど涼しげな言葉は他を探しても見当たらないだろう。脱線した←

メニューを見るまでもなく、ここはもちろんフルーツサンドを注文。
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おお、なかなかボリューム感がある。食べきれるだろうか。

一口。二口。三口。
どんどん食べてしまう、見た目よりも遥かに軽い口あたりだ。

柔らかいパン、に挟まれる、甘すぎず主張しすぎない生クリーム、に挟まれた、主役の鮮やかなフルーツたち。

バランスがいい。主役を立てる脇役。
それぞれの具材が自分の立ち位置を理解しているんだなあ、と考えると泣けてくる(意味不明←


とくにリンゴの歯ごたえが美味しかった。彼は食感担当だろう。
酸味担当のイチゴはやはり不動の安定感。

そして個性のあるフルーツたちをまとめる、隠れたリーダー担当は案外、バナナだったりする←
一番、安価と思われる果物がいい仕事をしている。やはり泣ける。


とにかく驚くべき軽さで、あっという間に平らげてしまった。唸った。美味しかった。

ごちそうさま。素敵な配役でした←

神戸讃歌

8.27。
ばたばたと姫路城を離れた私。
神戸に移動する。たしか地下鉄に乗り換えた。はじめてのノエビアスタジアム。とりあえず待機列にシートを貼る。時計を見る。開門まで3時間半はある。

そうだ。有馬温泉に浸かりにいこう。

なんともコメントしづらい風景である。ごめんなさい。

一瞬、草津温泉の湯畑のようなものを想起したんだけど...普通の川だった(笑)

一見、風情があるように見える赤い橋。

いや、決して有馬温泉に悪意や恨みがあるわけではないのですが、
なんていったらいいのか、想像していたよりもすっきりとした町並みでした←

ああ、賑わっているエリアに辿り着いた。


なぜか観光客がまったく映ってない。悪意はありません。それなりに賑わっていたんだけどなぁ。

素敵なのれん。花山椒。美味しそうだったけど買いそびれてしまった。

この日の昼食は竹中肉店のコロッケひとつ。美味しかった。
ちなみに夕食はノエスタの売店で買ったオムそばだけだった。それでも腹が減らなかったのは、あのサイダーのせいである。

有馬温泉で一番ポピュラーなのは金の湯。足湯が尋常じゃないくらい混んでいたのでやめた。

ちょっと細い道を入った銀の湯も...ふたつとも入浴料は安いのだが、ここまで来たくせになぜかあまり気乗りしない←

ぶらぶらと歩いているうちに辿り着いた湯泉神社。
ちょっと寄ってみるか、という軽い気持ちとは裏腹にまさかのこの階段。


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(左)湯泉神社 (右)姫路護国神社

視線を感じる。


う、うん。やはりコメントしづらい有馬温泉

源泉。

階段が硫黄色に変色していた。濃度はかなり高そうだ。

神社にも源泉。

冬だったら温かそうな光景なのだが、夏なのだ。
汗をびっしょり掻いた。そろそろ温泉にありつきたい。

中心エリアからちょっと外れたところにある竹取亭円山別亭康貴さん。
www.taketoritei-koki.com
ちょっとした料亭みたいな佇まい。期待できそうだ。

男湯は定員7名らしい。が、実際には7人も入ったら窮屈なくらいの狭さ(笑)

男性用の下駄箱は7個しかないため、そこで人数制限ができるのだろう。土曜なのにすんなりと入れたことが不思議でならない。意外と穴場なのだろうか←


有馬温泉の二大泉質である、金泉と銀泉がどちらとも楽しめる。

とくに金泉は銅色というか、茶褐色というか、もはや「金色」ではないのだけれど、とにもかくにもタオルが染まってしまうほどの濃度。気持ちよかった。


さて、温泉をいただいた。あとは問題のサイダーである(笑)

実はこの日の有馬温泉。異様に涼しかったのだ。
あまりサイダーを飲む気分ではなかった。が、名物は味わっておきたい。

ありまサイダー てっぽう水。ビンとラベルが味わい深い。
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ごくり。美味い。甘すぎない。余計なものが入ってないことが舌に伝わってくる。私は向井理のような「神の舌」を持っていない。が、わかる。これぞサイダーだ。

ごくり。炭酸がかなり強い。飲んでるはずなのに、なかなか減らない。
ごくり。電車の時間が迫りつつある。
ごくり。腹がふくれるとはこのこと。破裂しそうだ(笑)


せっかく温泉に入ったのに、かえって変な汗をかきながら、電車に乗り込む。苦しい。
乗り換える駅を間違えた。さらに変な汗をかきながらルートを再検索する。焦る。

で、なんやかんやで試合に負ける(適当←
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好調な浦和の戦績とは裏腹に、今季3敗1分の私。負け癖がついてしまった。きっと今年の浦和は西日本が鬼門なんだ、と慰めようとしたけど、参戦できなかった福岡では勝ってるし←

トラウマになりそう。
このままじゃ年を越せない。


はじめてノエビアスタジアム
目の前で唄われる「神戸讃歌」はやはり感動させられた。

俺達のこの街に お前が生まれたあの日
どんな事があっても 忘れはしない
共に傷付き 共に立ち上がり
これからもずっと 歩んで行こう
美しき港町 俺達は守りたい
命ある限り 神戸を愛したい
   (原曲:Édith Piaf「Hymne à l'amour(愛の讃歌)」)


ヴィッセル神戸の応援 「神戸讃歌」

ヴィッセル神戸が発足し、初練習が予定されていたあの日。
1995年1月17日。阪神・淡路大震災が起こったのである。

そこから歌い継がれてきた曲。
何度聞いても涙が出てくる。

愛するクラブとともに戦い、喜び合い、悔し涙を流し、時には怒りをぶつける。すべては勝つために...その想いだけは揺るがない。これがどんなに幸せなことだろうか。

Can't Help Falling In Love.
好きにならずにいられない。

Jリーグがある幸せ。スタジアムに来れる喜び。
そんな幸せと喜びを噛みしめた。

ありがとう神戸。すばらしいクラブだ。
こんどはぶっ倒してやる。


fin.

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播州播磨‐弐

8.27。私は姫路城にいた。

ゆるやかな坂をのぼり、道を曲がり、いくつもの門をくぐり、
時には槍で突かれ、石を落とされ、鉄砲で狙われ・・・(笑)

天守の下へ辿り着くまでにかなりの時間を要した。
これは戦意喪失する。

yu-sanpo.hatenablog.com

ついに姫路城の天守に足を踏み入れた。
なんというか、私にとってはとても神聖な気持ち。ま、そのへんはあとで触れよう。

まず目に飛び込んできたのは武具掛け。

武具掛け。武具掛け。

武具掛け。武具掛け。武具掛け。
もはや圧巻すぎる。ここにずらっと剣や槍が掛けられていた、と想像するとなんとも物騒な光景だ(笑)


梁もすごい。
この天守のすべてを知っている梁。

一直線に伸びる道。その突き当りに見えるのが姫路駅。
目をつむる。戦時中はこの辺も一面が焼け野原になったらしい。その中で姫路城だけは焼けずに残ったのですよね。

中東や西アジアのほうでも銃撃で貴重な建造物が破壊された、とよく聞くけれど、ただただ残念なことだと思う。
人間が造り上げてきたものを人間が壊していく。

今の最先端の技術をもってでも、完全な修復はできないのだろう。
先人の凄さを思い知らされる。


天守の中の涼しさには驚いた。むしろ肌寒いくらい。
風通しが抜群。こんな物件に住みたい(笑)

そりゃあ、かつて一世を風靡した武将たちも「城」を死守したくなるわけだ(違う

あとは急な階段をひたすら登っていく。

おお、姫路城の天守ポケモン見つけたぁ(違う←
立派なしゃちほこだ。

この日は眺めがよかった。
街の向こうには海。その向こうには幾つかの島々。どれかが小豆島らしい(笑)

そういえばほのかにオリーブオイルの香りがした(嘘)←
小豆島と言ったら「八日目の蝉」のロケ地だし、蛇口からオリーブオイルが出てくるらしいから、いつか訪れてみたい土地ではある。ごめんなさい。


冗談はさておき、姫路城の天守の5階まで登ってきたのだ。

舞台。天守の五重。左右に柱、向って三方を廻廊下まわりろうかのごとく余して、一面に高く高麗こうらいべりの畳を敷く。紅くれないの鼓の緒、処々に蝶結びして一条ひとすじ、これを欄干のごとく取りまわして柱に渡す。おなじ鼓の緒のひかえづなにて、向って右、廻廊の奥に階子はしごを設く。階子は天井に高く通ず。左の方かた廻廊の奥に、また階子の上下の口あり。奥の正面、及び右なる廻廊の半ばより厚き壁にて、広き矢狭間やざま、狭間はざまを設く。外面は山岳の遠見とおみ、秋の雲。壁に出入りの扉あり。鼓の緒の欄干外そと、左の一方、棟甍むながわら、並びに樹立こだちの梢こずえを見す。正面おなじく森々しんしんたる樹木の梢。
           ――泉鏡花天守物語』より

これは鏡花の『天守物語』冒頭の舞台説明である。
表現の美しさや独特の言い回しも然ることながら、この作品の舞台こそが姫路城。まさにここなのだ。


御祭神は...おお、やはり“姫路長壁大神 播磨富姫神”だ。

静かに手を合わせる。思いを馳せる。

その節はありがとうございました、と心の中で呟く(笑)

卒論で泉鏡花をやったんですよ、私。
天守物語』の世界にも浸らせていただいた私にとって、ここはなんとなく神聖な場所、のような気がしてならない。

ひそかな念願も叶った。地上へ、現実世界へ戻ろう(意味不明←

奈落。

ポケモンGOでもしてたら間違いなく踏み外して転落すると思う。
そうでなくとも滑りやすいので、ちょっとでも立ちくらみしたらアウトです。体調の万全な時に来ましょう(笑)

御年配の方々も多く見受けられたけど、
急な階段を登って、下って...お城はなるべく若いうちに回っておこう、と心に誓いました←


地上に降り立った。

ああ、よく見るアングルだ。
ちなみにこれは1/150スケールの模型です(嘘←

そんな嘘をつきたくなるくらい綺麗。
青空が出てきた。“白鷺城”と呼ばれている、美しい白さがなお一層、際立った。



違和感のある大きな石。石棺を転用したらしい。
転用というと聞こえはいい、のだが、石棺をぶち壊してここに使ったと考えると...先人の知恵はすごい(皮肉

ま、東京タワーも戦車の廃材で作られたって話ですもんね。
ええ。リサイクルですよ、ね。


ここにも墓石のような違和感のある石。
あまりに不自然すぎて笑いが止まらなかった。

そういや刻印石は見つけられなかった。
築城の携わった大名が独自のマークを刻み込んだ石。きょろきょろと見渡していたんだけどな。残念。


この屋根瓦を見て、三幸製菓さんの“雪の宿”を想起してしまう私は病気なのでしょうか(笑)
なんだかひさしぶりに食べたくなってしまった←


マヤ文明の遺跡みたい。あまり詳しくは知らないけど←
石垣のてっぺんはもはや直角。いいや、100度くらいありそう。反り立っている。重い武具を装備した敵が登ってこれないような角度。

なんだかんだで遠目から眺める姫路城が立派で美しい、という個人的な結論に達しました。

※意見には個人差があります。

訪問日の前日。トリップアドバイザーの「行ってよかった!日本の城ランキング2016」で初の“1位”に輝いた姫路城。
これまでは熊本城が3年連続で首位だった、ということで複雑な気持ちではある。が、ここもすばらしい城だった。

日本が誇ることのできる土地をまたひとつ訪れることができた。


なんかの石碑の上で寝ている猫。
こんなに熟睡してる猫にはじめて出逢った。可愛すぎる。

城下にある姫路護国神社にて参拝。


よき旅でした。

ちなみにこのあと有馬温泉にいって、サイダーを飲み干そうとして苦しい思いをしたりしてますが、そのへんはまたいずれ(笑)

fin.

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播州姫路 - 壱

8.27。
広島から1時間。寝る暇もなく降り立ったのは姫路。ひめじ。

軍師官兵衛」のOP曲が頭の中で鳴り響く。
実はそれが「風林火山」のOP曲だったことは内緒。9年前になるのか。やけに古いやつを引っ張り出してきたな、私の脳(笑)

きれいな駅前、からまっすぐ伸びる道、の先には姫路城。

はじめての姫路城。
入城するのに1,000円かかった。やはり敵を容易に侵入させないためにはこのくらいの値段でなければならないのだろう(違う←

大好きな鳥瞰図でテンションが上がる私。
これを見ただけでも姫路城の複雑さがわかる。すばらしい。

立派な石垣だ。
これを見ただけでも、浜松城岩国城のような“がっかり感”はなさそうだ。むしろ比べることが間違っているよね。すいません。


おお。この道幅の狭さには驚いた。訪れてこそわかる発見。
なるほどねぇ...と独りで何度も感心する。

段差や段の幅もばらばらにして歩きづらくしている、らしい。
これは近くにいた解説員らしき人の話を盗み聞きした←

正面に鎮座する天守を目指し、塀と石垣の間を進んでいく。
なぜか気持ちが高ぶってくる。

狭間。さま。もはやアートだ、美しい。


目の前が石垣。行き止まりだ。まんまと引っかかった(違う←

直角に左へ曲がらされる。さらに左へ曲がらねばならない。
それはまさに箱根をも凌駕するヘアピンカーブ(笑)

これは攻めづらいよなぁ、となぜか敵陣に同情してみる。

「にの門」あたりからは門構えが急に低くなった。

これが堤幸彦作品ならば阿部寛は間違いなく頭をぶつけているレベルだろう(映画「TRICK」より)
佐藤二郎はぎりぎり大丈夫な気もするが...つーか、そんなに高身長なイメージないのになぁ(ドラマ「神の舌を持つ男」より)

脱線した。
こういうときに限って人の波が途絶える。誰もいないと、いまいち門の低さが伝わらない。

天井の低さに加えて、中は薄暗いし、ここでも直角に曲がらなければいけない。天井の板を外して槍で攻撃もできるらしい。容赦ない。

勢いよく入ってきた敵陣もここでブレーキがかかるだろう。

反対側から見た「にの門」もなかなかえげつない。
こちら側から逃げようとしても、前のめりになったら絶対に転ぶ。重い武具を身に着けてたら余計逃げづらい。

それとも体を後ろに反らすのだろうか。武士のリンボーダンス。ハライチのネタっぽい(笑)

ふたたびどうでもいい脱線をした。

さらにお次の「ほの門」は私でも頭をぶつけるくらい低い。
門の奥はすぐ階段になっている。先が見えないのも怖い。


やっと天守の下まで辿り着いた、と思ったら、上から石が落ちてくるんだもん。こりゃ、たまらんわ。




いまだ天守まで書き進められず、やはり攻略が難しい城だ(笑)

つづく←

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恋しくて憎らしい大阪

夏のおもいで。
だいぶ涼しくなってきたから、暑かった時の思い出を吐き出そうと思います。ごめんなさい。言い訳です。

あ、最近になってドリカムの良さがわかってきました。
どうでもいいですね。「大阪LOVERS」はドリカムにしか書くことのできない、ものすごい歌詞だなって思います←


7.12。
その1週間前。とある女優さんの、とある情報が舞い込んできて、とある球場の最前列のチケットを入手できて...と、ひさしぶりにかつてのヲタ精神が甦った私。

急遽、大阪に行くこととなった。


遠征貧乏だったので、往路はひさしぶりの夜行バス。
直前まで待って座席予約したので、独立シートの前後は空席だった。

足元は広いわ、背もたれを目一杯倒せるわ、さらに通路側のカーテンを二枚分使ったら、ほぼ個室になりました←

おかげさまで福山のSAに寄った記憶を最後に、大阪まで記憶が途絶えております(笑)


朝は梅田にある、なにわ屋さんのうどん。
めん処 なにわ家 曽根崎本店
もはや大阪での恒例です。ここしか知らないだけです。24時間営業なので何かと重宝します←

始発の時間帯。
深夜まで遊んで活動を終えようとしているカップル。これから活動を始めようとしているサラリーマン。いろんな人間が混在していて面白い時間帯です。

脱線した。

まずは生国魂神社
新しい御朱印帳をここから始めようと足を運んだ。ものすごい大雨に迎えられる。

“生国魂”って漢字で書くとものすごく字面が強い。
いくたまさんって呼び名はものすごく可愛いのに、これがギャップ萌えってやつか←

この日は「生国魂祭」の本宮!これはほんまもんの偶然やったΣ( ̄□ ̄;)

それならばちょっと待ってみよう。
で、なんだかんだ1時間くらい待ってた私。

境内はあちらこちらに大きな水たまり。もはや池。足袋履いてる人は本当に大変そうだった。それでも人は集まってくる。祭りの血が流れているのでしょう。





躍動感。いいえ、手ブレです(笑)
傘を差しながら一眼はかなりの至難の業です。

ここから大阪城まで巡行していったみたい。そりゃ大変だ。
本当におつかれさまでした。



で、そそくさと地下鉄に乗り込んで、平野を目指す。
雨はやんだ。が、ものすごく蒸し暑い。

きょろきょろと路地をのぞき込む私。
ついに見つけた(;゜∀゜)

平野だんじりの町内曳き!!
どうやら私は馬場町の山車に遭遇した模様。

かっけぇ。めっちゃかっけぇ。

山車をピタッと止める。

山車をクッと切り返して、方向を変える。


そして狭い道を颯爽と進んでいく。
くぅ。この後ろ姿、かっこよすぎだべ。

「そこ、曲がるの?」ってくらいの曲がり角をうまく切り返して、狭い道を細かく調整しながら切り抜ける。
なるほど。だんじりは大胆な「動」のイメージ、だったのだが、
昼間は町内曳きはものすごく繊細で、対比させるならばまさに「静」だった。


手打ちのリズムもものすごく好き。
これは昨年の馬場町の様子。11m45sくらいに手打ちの様子も流れてます。

2015.7.12(日)・杭全神社平野郷夏祭り・だんじり「馬場町」(大阪市平野区)


「『打ーちましょ』ドンドン、『もひとつせぇ』ドンドン、『祝ぉて三度』ドドンがドン」

文言は違うかもしれないけど、御祝儀を出してくれた家の前で、感謝と家内安全を祈願して手打ちをおこなうらしい。


祭りの出発点となる杭全神社。
「くまた」って読むらしいです。絶対に読めない。



ここの狛犬は足に紐が何重にも巻いてある。

“現象には必ず理由がある”と湯川学氏が言っていたので、
さっそく調べてみたw

この紐は、「走人(はしりびと=家出人)足止め」を祈願して結ばれたものなのです。

その祈願方法としては、
1.適当な紐を二本用意します。
2.一本を狛犬の足に結んで、願を掛けます。
3.もう一本を持ち帰り、家出人が残した履物に結んでおきます。

このようにすると、必ず居所が判るか、家に帰ってくると古くから言い伝えられてきました。
kumata.jp

実に興味深い。
が、深く考えると怖い気もするぞ、これ(笑)

面白いですね。その土地ならではの逸話や言い伝えは興味深い。
そういう民俗学を研究する学者になってたら毎日が楽しそう。ええ。ないものねだりです。



素敵な御朱印たちをいただきました。墨の香りが心を落ち着かせてくれます。
大阪のすばらしい祭りとの出会い。これまた一期一会。ありがとうございました。

2016.8.6 hiroshima

8.6。広島。いつもの朝。

71年前のあの日もいつもと変わらぬ朝を迎えていたのだろう。
市電が音を鳴らし走り抜け、何気ない会話が交わされていただろう。

8:15。
フラッシュのような強い光線と爆音。まさにそれは「ピカドン」と表現されている。原子爆弾

キノコ雲に包まれた町は真っ暗で、音がまったく聞こえない世界だったという。想像のできない、いや、想像したくもない光景である。


広島平和祈念式典にいってきた。



暑い。蝉の鳴き声が鳴りやまない。
それだけ緑の木々が生えているということでしょう。71年前。ここに原子爆弾が落ちたとは想像しづらい。

こども代表の“平和への誓い”が心に刺さる。

「私たちには、被爆者から託された声を伝える責任があるのです。」

安倍氏の記憶に残らない定型文のスピーチも、難しい言葉も、そんなものは何一ついらないのだ。
原爆は卑劣だ。戦争は恐ろしい。同じ過ちを繰り返さない。ただそれだけではなかろうか。




原爆が落とされた翌日。この川には多くの死体が浮いており、うめき声や助けを呼ぶ声が微かに聞こえたらしい。

身内すら助けることができない。もちろん他人を助ける術も気力もないのだ。見て見ぬふりをするしかない。

今でも“その時”のことを悔やんでいる方は多い。自責の念に駆られるという。記憶からは消えない。まだ戦争は終わってない、と驚かされた。


この上空で爆発した原子爆弾。そこにも木々は生きている。鮮やかな花を咲かせていた。



「爆発から一秒あとの火の玉の温度は摂氏一万二千度じゃ。(中略) 頭のすぐ上に太陽が二つ、一秒から二秒のあいだ並んで出よったけえ」
          —— 井上ひさし父と暮せば』(新潮文庫)

灼けるのではなく溶けるのだ。むごい。
人間がつくりあげた「人工の太陽」と表現をされている方もいた。

原爆ドームがやけに小さく見える。
今や広島には多くのビルが建ち並んでいる。

時代の変化。たぶん違う。原爆で破壊される前の広島は栄えていたのだ。賑わっていたのだ。多くの建物が建ち並んでいたはずだ。

しかし原爆に耐えて残った建物は当時、積み木のように見えたらしい。


海外のカメラクルーも多かった。
オバマ氏が発していた「連帯」という言葉のとおり、やはり広島や長崎から、そして日本から発信していかなければならない。

黒い雨は生ぬるく、機械油のような臭いだったという。

草履越しに伝わってきた地面の熱さ。
立ちこめていた異臭。
真夜中のような昼間の静けさ。自分の呼吸や歩いている音がやけに大きく聞こえたという。

写真からは想像することのできない音。
モノクロからは想像することのできない色。

あまりに日常とかけ離れていて、想像しづらいことが、
「受け継ぐ」ということを拒んできた気がする。

だからこそ「今、住んでいる街が数秒のうちに無くなってしまうことを想像してほしい」と、とある被爆者の方がそう仰っていた。


広島に住むようになって、何度か被爆者のお話を聞いた。
被爆者が目の当たりにした生々しさを、経験していない自分たちが伝えるのは難しい。

誰の目にも止まらないようなブログだけれど、自己満足かも知れないけれど、それでも、何かが誰かに伝わればと思って綴ってみました。


かつて多くの命が奪われ、多くの命を奪ってきた日本、だからこそ、同じ過ちを犯してはならない。繰り返してはならない。

戦争を知らない私。
平和な世の中しか知らない私。

これまでも、これからも、そしていつまでもそうでなければならない。

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